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日記/2011岩槻城下に残る遺構と桜 | 11.04.07 (木)

岩槻城下の遺構をぶらぶら回った記録

3/26 に岩槻城址公園に行ってきた記録の落穂拾い。

  関連記事:
  ・岩槻城の大構 - 桝席
  ・湿地の白鶴。岩槻城址公園 - 桝席

岩槻城址公園は土塁や空掘になかなかのものがあったのだけれど、 建築物は城門が残ってるくらいでやや残念でした。でも、城下には当時の建物が少し残ってるみたいでしたよ、と。

 岩槻城 二の丸址 石碑

二の丸址。石碑があるだけで、めぼしいものは残ってない。ベッドタウンの宿命か。

 岩槻城 本丸があったあたり。

このすぐそばに岩槻本丸公民館があるので、たぶんこのあたりが本丸。ここも開発されてて遺構らしきものは見つけられず。

 岩槻 諏訪神社

諏訪神社。岩槻城の軍神にあたる。岩槻商業高校の隣。説明版には
「城の北方の久伊豆神社と同じく鬼門よけとして創建されたものと~」
とあったけど、久伊豆神社は本丸から見て北北西。 諏訪神社はきっちり南。 鬼門(北東)とはなんの関係も無い位置だけど……。

神社が創建された年代が不明だから、後北条時代や江戸時代に本丸の位置が変わったという可能性もあるか。

 岩槻城址公園 ハクモクレン  岩槻城址公園 ハクモクレン

ハクモクレン。

藩校・遷喬館

なかなか満たされない古建築探訪欲求。うろうろしてたらかつての藩校が脳の渇きを潤してくれました。 藩校・遷喬館。これが良かった!

 岩槻藩 遷喬館

自転車がやたら倒れてるのは風の強い日だったから。

 岩槻藩 遷喬館

修繕したばかりだったのか、漆喰の白さがまぶしいくらいだった。

 岩槻藩 遷喬館 雨戸

雨戸の戸袋のマチって結構大きいんだなー、と思った。

 岩槻藩 遷喬館

ほかに訪れる人はおらず、独り占めウシシ。

 岩槻藩 遷喬館 梅

 岩槻藩 遷喬館 咲き終えた梅

紅梅はすでに終わってた。梅と桜のあいだの(建築を見たい人間としては)人の少ないちょうど良い時期。

 岩槻藩 遷喬館 屋根

棟のつなぎめの茅葺きの下に桧皮葺き(かどうかよくわからないが、下屋根材としての木の皮)が見える。へぇー。おもしろい。

で、帰ろうとしたら受付の人が声をかけてくださって、
「今日は風が強いので入り口を閉めてますけど、中に上がってもいいんですよー」
と。それはそれは。入城無料。ではお言葉に甘えて。

 岩槻藩 遷喬館 室内

十五畳間。江戸間とはいえ、広い。遷喬館も残ってるのはこの一棟だけだけど、幕末はもっと大きい藩校だったそうだ。

で、そのかつての藩校には、いま、なにが展示してあるのか?軍学書か?儒学書か?蘭学書か?

 岩槻藩 遷喬館 雛人形

雛人形でしたー!! (訪れたのは) 3/26 なのに!

ヒント:岩槻は人形の町。

 岩槻藩 遷喬館 雛人形  岩槻藩 遷喬館 雛人形  岩槻藩 遷喬館 雛人形

押入れにまで、ところせましとばかりに雛人形が。

あんまり藩校に関係ないのに目をつぶれば、日本の伝統工芸の粋を歴史的建造物の中で鑑賞できるというのもなかなか乙なものでした。

 岩槻藩 遷喬館 明かり障子の破れ目

宮崎神宮の古民家へ行ったときも書きましたが、わたしが見たときにはすでに破れてたんであって、決して私が破いたわけじゃないってことだけは信じていただきたい。

(というか、疑われるのが嫌なら写真を貼らなきゃいいのに>自分)

 岩槻藩 遷喬館 礎石

この時代の建物は、礎石の上に乗ってるだけ、という自重で安定するタイプの建物。

 岩槻藩 遷喬館 礎石の間からの光り

中から見たらこんなん。めっさ雰囲気のある間接照明ですやん!

 岩槻藩 遷喬館 明かり障子

障子の修繕の跡が、また良い味があるんだよなあ……

 岩槻藩 遷喬館 雛人形

雛人形が飾られていたのは床の間のある奥座敷。かつては教師の居た部屋だったんだとか。

裏小路から時の鐘へ

 岩槻藩 武家屋敷の門

遷喬館から時の鐘(時刻を知らせたお城の鐘突き堂)までのあたりが、当時の武家屋敷が連なっていた裏小路。 おそらく子孫の方であろう民家が、なんとか頑張って門などを残してらっしゃった。

そして、時の鐘へ着く前に怪しげな公園が目に飛び込んできた。。

 岩槻区 裏小路公園

裏小路公園。旧岩槻町六代町長秋葉保雄氏(おそらく旧士族だろう)に寄贈された邸宅を公園化したものだそうなのだけど。

 岩槻区 裏小路公園

はい出ました。子供が怖がりそうなキモいオブジェがどーん!

 岩槻区 裏小路公園

イボイボ突きのうぃんうぃん金棒を持ったカミナリさまのオブジェがどーん!

 岩槻区 裏小路公園

東京都なら、あの条例にひっかかりそうな児童のケツつきだしセクシーオブジェがどーん!

 岩槻区 裏小路公園

着彩されてるとキモさ倍増どーん!

遷喬館では良い方向に働いていた岩槻の人形プッシュが、ここでは悪い意味でコネタ物件な方向に……

秋葉さんは、けっして自宅をこんな風にしてもらいたくて寄贈したわけじゃないと思うんだ……。

 岩槻区 裏小路公園

たぶん秋葉さんが見てもらいたかったであろう、自慢の枯れ山水。保全の手間を下げるためだろう、無粋な柵で囲まれてしまってる。見栄えもへったくれもない。完全にお荷物扱いにされてる。無残……

 岩槻区 裏小路公園

でも、公園内の注意書きは品のある良い掲示だと思った。


そして、ようやく岩槻市指定文化財・時の鐘へ。

 岩槻藩 時の鐘

おお!桜!お堂も良いなあ。

予備知識が何もなかったもんだから、『時の鐘』という名前から戦後まもなくに作られた観光客寄せの何かかと思ってました。 なんか日本各地にそういうのあるじゃないですか。駅前なんかに。

実際は、鐘は 1720 に作り直された二代目(初代の鋳造は 1671) 、鐘楼は ペリーの来る前年の 1853 に建てられた、歴史のあるものでした。

 岩槻藩 時の鐘

満開の桜は早咲きの種類か。隣の民家のもの。言ってもしょうがないけど、ガレージが邪魔ァァァ!

 岩槻藩 時の鐘  岩槻藩 時の鐘  岩槻藩 時の鐘

時の鐘を見に来たはずが、気がつけば
「いかに鐘楼を背景に桜を撮るか」
に苦心してしまっていた。

 岩槻藩 時の鐘  岩槻藩 時の鐘  岩槻藩 時の鐘

ハッと我に返って鐘楼メインでも撮った。

 岩槻藩 時の鐘

でもやっぱり桜ッスよねえ~~~。

……と、都内のソメイヨシノはまだつぼみだったけど、 一足早く桜を満喫して帰路についたのでした。


そろそろ、岩槻城址公園のソメイヨシノが見頃になってるでしょう。

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