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感想文/小説『二人がここにいる不思議』 | 04.11.06 (土)

『二人がここにいる不思議』感想

1945~1987間に発表された短編を集めた作品集。 いくつかの作品にものすごい感銘を受けた。

自分が今まで読んだブラッドベリは2冊。 『歌おう、感電するほどの喜びを!』と『何かが道をやってくる』のみだ。

この2冊を読んでの自分のブラッドベリに対する評価は
「なんか苦手」
だった。

所々に気に入る部分はあっても全体を通してみると
〝懐古趣味のポエマーなジジイ〟であって、
「ふーん幻想文学ねぇ……よくわからんな」
と思っていた。

が、『二人がここにいる不思議』を読んでちょっと認識が変わった。 この作者はただひたすら小説が上手い人なんだな、と。

なんでも書ける。しかも面白く。そういう人。 SFやホラーや幻想は作者の提供する世界の一部にすぎず、 そういう〝SF作家〟 , 〝ホラー作家〟 , 〝幻想文学の巨人〟 みたいな認識で読むべき人じゃないんだろう。

おそらく以前の自分が感じていた違和感と苦手意識は、 その先入観と読後感のズレから来ていたんじゃないか?と、そう思った。

なので、この短編集も途中までは苦手意識を感じながら読んでいたのだけど、 自分が勝手に持っていた〝SF幻想作家の大御所〟という先入観を消去してみると、 非常に楽しむことができた。

以下、気に入った短編について雑感。

トインビー・コンベクター
老人は待っていた。100年前から、自分がタイムトラベルしてやってくるのを。 なぜなら彼は100年前タイムトラベルを成功させ100年後の未来を見て戻ってきた、時の人だったからだ。

解説によれば、オーウェルの「1984」に対するアンチテーゼらしい。物語的整合性にはやや欠けるが(タイムトラベル物のほとんどはそうだ)、皮肉たっぷりのユーモアが印象深い。

ローレル・アンド・ハーディ恋愛騒動
男は体重が標準より20ポンド重く、女は標準より15ポンドほど軽かった。 二人は自然の成り行きで、お互いにローレルとハーディになりきるのだった。 いつでも、どこでも。

正直、ローレル&ハーディをちゃんと見たことはない。 が、この短編を読んだ際に見てない無声映画の映像がまぶたに浮かんできた。 ラストはベタだがキッチリとした仕上げ方。

二人がここにいる不思議
家庭の事情で悩む男が、助言を受けるべく死んでしまった両親をレストランでの食事に招いてみたが……

噛みあわない会話とシニカルなオチ、不思議な読後感。たしかに表題作にふさわしい作品。

プロミセズ、プロミセズ
娘が事故で生死の境をさまよっている。男は娘のために神に祈った。娘が助かるならば、彼にとって娘と同じくらい価値のある人間を失ってもいいーと。 結果、娘は助かり、彼は契約を履行するべく、その人の家を訪れる。別れを告げるために。

ラストのセリフがすさまじい。

ご領主に乾杯、別れに乾杯!
アイルランドのとある町で、ワイン気狂いの領主が死んだ。 住人は残された名酒がどうなるか気をもんだが、遺書にはなんとー

この作品が、一番気に入った。 領主の意地悪な遺言をいかに回避するか、 そのネタ自体はわかりにくいし釈然としない内容だったが、 全体を貫く雰囲気がたまらなく素敵すぎ。

ジュニア

タイトルの通りの下ネタ。上品にまとめてある。面白い。

**
気長な分割
離婚する二人が山のような蔵書を自分の分と相手の分に分別し、 ある本では自分のものだと主張し、 別の本では相手に押し付けたばかりか相手の趣味までなじり……

……と、いうだけの話。かけあいがなんか面白い。

墓石
とある夫婦が部屋を借りてみると、部屋には前の住人が残していった墓石が置いてあった。 迷信深い妻は嫌がったが、夫は疲れていたのでその部屋を借りることにした。 すると深夜……

上手い。伏線の張り方・構成・どんでん返しと短編のお手本のような作品。 真似しろと言われても容易ではないが。

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著者:レイ ブラッドベリ 訳者:伊藤 典夫
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