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お知らせ/自著物解説『どっからみても波瀾万城 第十話・八王子城』 | 10.12.04 (土)

『どっからみても波瀾万城 第十話・八王子城』について

コミック大河 vol.10 ( 2010-10-25 発売号)に掲載されました。

お城を題材にしたお城擬人化オムニバスうんちくマンガ第十話です。 題材は小田原城と共に戦国に終焉を告げた城、八王子城。

八王子城階層図

終わった連載についてあれこれ書くのも、死んだ子の歳を数えるみたいでぞっとしませんが、 1~9話まで拙作語りしてきたので、最後まで責任もって。なんの責任だかわからないけど。

といっても、あんまり書くことがないな。

波瀾万城第十話見開き線画

冒頭の見開きシーンのトーンを貼る前。

なんとなく、
「必然性がそれほどないのに、女の子が大量にわざわざ見開きで描かれてる」
というのを、それはもう数年前から描きたかったので。 むろん、『大合作』へのオマージュとして。

実際、構図やポーズまでガッチリ摸倣して、筆書きで『大盗作』とか入れたかったのだけど、 それだと八王子の擬人化につなげられなくなるので、やめた。 でも『大合作』リスペクトであることはどっかに示しておきたくて、右下の二人はその記号として描いた。

ほかのキャラは、とくにモデルはないです。 なにか(誰か)に似ていたとしても、それは偶然と考えてよいです。 なにより、もう最近の私は他のマンガやアニメのキャラ、ぜんぜん知らないし(いばるな)

オチ

ネームが雑だったせいか、担当氏はあんなに凄惨な絵だと思わず、 単に美しい渓流の絵だと思ってたみたいで、完成原稿をみて、少なからずおどろいてた。

「国敗れて山河あり」
みたいな良い雰囲気のラストで、あんなにキツイ自虐ギャグだと思ってなかったらしい。

それほど自虐ギャグの好きな人ではないはずなのに、すんなりネームにOKを出したなー、と思ってたら、そういうことだったのか。

担当は不本意かもしれないけど、私は意図どおりのものを描けて、とても満足www

休刊はよろこばしいことではないけれど、 それをネタに昇華するのがギャグマンガ家がやるべき仕事だと思っている。 ストーリーの人にはやりたくてもできない務めだから。

結局のところ、 この「事件」を楽しまなければ損だ なのですよ。それが表現者の心意気。

八王子城に取材にいったときの。

Hatiouji Castle

↑八王子城の写真のアルバム。

一本の記事にまとめないで、日記で小出しにしててうざい>過去の自分。

ちょうどブログに貼る写真が少なかったころだし、一気に全部貼ってしまうのがもったいなかったんだな。

八王子城と北条氏照

八王子城の御主殿は茅葺き屋根だったらしく、なんとか瓦葺きにしたいねえグチグチ……な話が残っている。

しかし当時の後北条氏が、そんな貧乏な一地方大名だったかというとそうでもなく、 八王子城の遺構からはぎやまんの器や外国の陶器などが発見されていて、 そうとうな経済力を持っていたらしいと推測されるとか。

氏照は後北条氏の総司令官として小田原に行かねばならず、籠城したあげく戦わずして戦死という残念な最後を迎えたのだけど、 自分が何年も手塩にかけて改良しつづけた八王子城で全力で戦ってたらどうなっていたのか、考えると惜しい。

氏照は腐女子に人気があると担当が言ってたな。そうなんですか?

どういう性格だったのか、いまひとつわかってないらしいですけど。 後北条家の軍事と外交の担当だったことはわかってるけど、 武闘派だからって勇敢で荒々しくて豪胆とは限らないしな。

最終回を終えて

なんか、
「自分が実際に取材に行った城を描く」
という縛りを自分に科してしまったせいか、 近畿以東の城ばかりになってしまってすみません……

松江城とか丸亀城とか肥前名護屋城とかも描きたかったな。 いや、まず、行きたいな。

大ネタとして会津若松城籠城戦をやりたかったのだけど、 とても 16 ページで描ききれる題材ではなく、数話にわけて描ける状況でもなかった。 いつか描けるといいんですけどね。

他に、お蔵入りしたネームは飫肥城と大阪城。

趣味として城めぐりに目覚めてしまったので、これからも趣味で取材は続けると思いますし、 なんとか城マンガを描ける機会にめぐまれるよう、努力していきたいと思ってます。

擬人化するかどうかはともかく。

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